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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)1455号 判決

原告 大玉勝政

被告 東京都

右被告指定代理人 林四寿男

同 吉田博明

主文

一、被告は原告に対し、金二九〇万円およびこれに対する昭和四五年三月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その二を被告、その余を原告の負担とする。

四、この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

(一)被告は原告に対し、金七、二八〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年三月一八日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

(二)訴訟費用は被告の負担とする。

(三)仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

(一)原告の請求を棄却する。

(二)訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)訴外市村惣造は、昭和四〇年一〇月一九日訴外深川信用組合より金五〇〇万円を弁済期同年一二月二〇日、利息日歩三銭の約定で借り受け訴外第一石油株式会社(以下第一石油という)は深川信用組合に対し右債務担保のため、その所有にかかる別紙目録記載の土地(以下本件土地という)につき抵当権設定契約および右抵当債務不履行を停止条件とする代物弁済契約ならびに同様の停止条件付賃貸借契約を締結し(以下この抵当権および仮登記による担保権を抵当権等という。)翌一〇月二〇日深川信用組合のため抵当権設定登記および停止条件付所有権移転ならびに賃借権設定の仮登記をした。

(二)被告の執行機関たる東京都北税務事務所長は、昭和四〇年一一月二五日、右第一石油が地方税たる軽油引取税等を滞納したとして、本件土地に対する地方税法、国税徴収法に基づく差押書を第一石油宛送達し、滞納処分たる差押をし、同月二九日その旨の登記をした。

(三)訴外上岡英正は、昭和四一年二月九日市村の承諾を得て深川信用組合より右債権五〇〇万円と右抵当権等(以下抵当権付債権という。)を譲り受け、翌二月一〇日その旨各附記登記をした。

(四)1訴外二見石油株式会社が昭和四一年はじめころ上岡より抵当権付債権を譲り受け、さらに原告が同年三月一五日二見石油よりこれを譲り受け、代金七二八万円を支払った。

2ところで被告は昭和四三年七月一六日本件土地につき公売を行ない、訴外長谷川好男がこれによる売却決定にもとづき代金を納付して本件土地の所有権を取得した。

3この際公売の買受代金は原告が譲り受けた抵当権等に優先する滞納税等にすべて配当され、原告はもとより登記簿上の抵当権者である上岡にも何らの配当もなく、原告の有する前記抵当権等はすべて消滅した。しかも債務者市村は全く無資力であって債権回収はできず原告は前記代金七二八万円相当額の損害を被った。

4右損害は、原告が抵当権付債権を譲り受けるにあたり、右所長が次項記載の過失により原告をして第一石油の滞納金額につき判断を誤らしめたことにより発生したものである。

(五)1第一石油の滞納金額は昭和四〇年一一月の差押当時一、一〇〇万余円である。

2右所長は地方税法一四条の一七第二項所定の当時の仮登記担保権者たる深川信用組合に対する「仮登記財産差押通知書」を送付せず、昭和四一年三月一七日付ではじめて上岡英正宛、滞納金額内訳書添付の右通知書を送付した。

3同所長は差押に伴ない国税徴収法五五条所定の深川信用組合に対する昭和四〇年一二月二八日付「担保権設定等財産の差押通知書」をもって右差押をした旨の通知はしたが、右通知書の滞納金額欄には、単に「別紙のとおり」と記載したのみで別紙の添付を怠り、その代り右差押とは全く関係のない第一石油の昭和四〇年度第一期分自動車税の滞納につき執行機関宛なされた交付要求に伴ない国税徴収法八二条三項所定の深川信用組合に対する右同日付、「交付要求通知書」 (右通知書滞納金額欄には滞納金額として二、五〇〇円との記載がある。)を前記差押通知書に添付した。

4同所長はやはり右差押とは全く関係のない第一石油の昭和四〇年度第二期分自動車税の滞納につき、右同様深川信用組合に対して昭和四一年二月二日付「交付要求通知書」(右通知書滞納金額欄には滞納金額として二、五〇〇円の記載がある)を送付した。

5同所長はこのような措置をとった結果、原告をして第一石油の滞納金額は、五、〇〇〇円(右3 4の各交付要求通知書滞納金額二、五〇〇円の合計額)に過ぎないものと判断を誤らしめ、そのため原告は二見石油より抵当権付債権の譲渡を受け、前記(四)記載のとおりの経緯で損害を被った。

6右所長は右2ないし4記載の各行為によりその職務を行なうにつき過失があったこと明らかである。

(六)よって原告は被告に対し、国家賠償法一条一項にもとづき被告の公務員たる東京都北税務事務所長の前記過失による違法行為にもとづき原告が被った損害金七二八万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四五年三月一八日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

(一)請求原因(一)のうち、深川信用組合のため原告主張の各登記がなされたことを認め、その余の事実は不知。

(二)同(二)は認める。

(三)同(三)は不知

(四)同(四)1は不知、同(四)2は認める。同(四)3は不知。同(四)4は否認する。

(五)同(五)2のうち上岡英正宛に「仮登記財産差押通知書」を送付したことは認めるがその余は否認する。右所長は昭和四一年一月一三日付で深川信用組合に対し、仮登記財産差押通知書を送付した。

同(五)3のうち、右所長が昭和四〇年一二月二八日付担保権設定等財産の差押通知書および同日付交付要求通知書をそれぞれ深川信用組合宛送付したことは認めるが、その余の事実は否認する。右差押通知書には別紙として滞納税額一、二〇〇万円余の記載がある滞納金額内訳書を添付してあった。また交付要求通知書は差押通知書に添付したものではなく、別途に送付したものである。

同(五)4は認める。

同(五)5は不知。

同(五)6は争う。

第三証拠〈省略〉

理由

一、貸金債権の成立と抵当権等の設定〈証拠〉によると請求原因(一)の事実を認めることができる(各登記を経たことは争いがない。)。

二、抵当物件に対する被告の差押え

請求原因(二)の事実については当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、右差押の基本となった第一石油の滞納地方税額は一四〇〇万円以上であることが明らかである。

三、上岡の抵当権付債権取得

〈証拠〉によると請求原因(三)の事実を認めることができる。

四、原告の抵当権付債権取得、公売、抵当権の消滅等

〈証拠〉によると、請求原因(四)1の事実を認めることができる。同(四)2の事実は当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、同(四)3の事実を認めることができる。

五、右所長の過失

1以上の事実を要約すれば、深川信用組合は市村に五〇〇万円を貸付け第一石油所有の本件土地に抵当権等の設定を受けその旨の登記を経たのち、被告の執行機関である東京都北税務事務所長は昭和四五年一一月二五日一四〇〇万円以上の軽油引取税等地方税の滞納処分として本件土地を差押え、同月二九日その旨の登記を経たのであるが、その後深川信用組合は昭和四六年二月上岡に、上岡は二見石油株式会社に、右会社は原告にそれぞれ右抵当権付債権を譲渡したところ、被告の実施した公売により右抵当権等は消滅し、その売得金はすべて右抵当権等に優先する滞納地方税等に配当され、原告に対する配当は皆無となり、かつ市村は無資力のため、原告は七二八万円を支払って取得した右債権を回収できないというにある。

2地方公共団体が抵当権付の財産を差押えたときは、地方税法七〇〇条の三八等、国税徴収法五五条により抵当権者にその旨その他必要な事項を通知しなければならない。その場合目的物を差押える旨のみならず滞納税額等をも明示することが必要と解される。ところで、右所長が、右法条にもとづき、昭和四〇年一二月二八日付「担保権設定等財産の差押通知書」を抵当権者である深川信用組合宛送付したことは当事者間に争いがない。

そこで右差押通知書に一四〇〇万円以上の滞納税額が明示されていたか否かにつき検討する。

〈証拠〉によれば、右税務事務所では地方税法一四条の一七所定の仮登記財産差押通知書ならびに国税徴収法五五条所定の担保権設定等財産の差押通知書第一枚目の滞納金額の記載欄に滞納金額を記載するのを通例とするが、これが多項目にわたるときに限り右欄には、別紙「滞納金額内訳書」の通り、と記載し滞納金額内訳書を添付するものとしており、この際には第一枚目との間に契印を押すべきものと定め、かつ通常の場合にはそのように契印を押していることが認められる。

本件についてこれをみると、〈証拠〉によれば、右乙第一号証の一、二は右所長が昭和四〇年一二月二八日作成した深川信用組合宛の前記担保権設定等財産の差押通知書の原議であるが、これには第一枚目の差押通知書と別紙一四〇〇万円以上の金額を記載した滞納金額内訳書との間に契印が存在しないことが認められる。また、〈証拠〉によれば、右申第六号証の一は、右原議にもとづき深川信用組合宛送付された前記担保権設定等財産の差押通知書であるが、これは滞納金額欄に「別紙のとおり」と記載しながら別紙滞納金額内訳書の添付を欠きかつ契印もないことが認められる。

しかも右所長が右同日付第一石油の昭和四〇年度第一期分自動車税二五〇〇円の滞納金額の交付要求通知書(甲第六号証の二)を深川信用組合宛送付したことは当事者間に争いがない。

これらの事実と〈証拠〉とを総合すれば右所長は、深川信用組合宛送付した昭和四〇年一二月二八日付前記「担保権設定等財産の差押通知書」(甲第六号証の一)に、被告主張の別紙滞納金額内訳書を添付しなかったと推認するのほかはない。

3次に右所長が深川信用組合に宛て地方税法一四条の一七所定の「仮登記財産差押通知書」を送付到達せしめなかったことは本件全証拠によるもこれを認めることができない。

すなわち、〈証拠〉によれば、上岡英正が深川信用組合より前記抵当権付債権を譲り受けた際(上岡は、二見石油株式会社代表取締役大貫の義父にあたる関係にあったため、右譲り受けの事務処理手続を一切大貫に委ね、同人がこれを処理した)、上岡の代理人たる大貫が同組合より交付を受けた第一石油の地方税滞納関係書類は、いずれも右所長より同組合宛の昭和四〇年一二月二八日付担保権設定等財産の差押通知書(甲第六号証の一)同日付交付要求通知書(同号証の二)、同四一年二月二日付交付要求通知書(甲第五号証)の三通のみであったこと、右所長は同四一年三月一七日、差押当時の仮登記担保権者ではないから本来その通知を必要としない上岡に対し、滞納金額内訳書を添付した仮登記財産差押通知書を送付していること(右送付の点は当事者間に争いがない)が認められ、これらの事実は原告主張を一応裏付けるものといえなくもない。

しかし又逆に〈証拠〉によれば、右所長は昭和四一年一月一三日付をもって右仮登記財産差押通知書を作成しこれに別紙として差押財産目録、滞納金額内訳書を添付し契印を押し、かつ深川信用組合にこれを書留郵便で発送する費用を支出するための滞納処分費決議書を作成したこと、一般に右税務事務所において書留郵便を発送する場合、差出郵便局から受け取る書留郵便物受領証を保存しかつ、発送の旨を帳簿に記載する取扱いとなっており、前者の保存期間は一年、後者のそれは五年である関係上、保存期間満了のため当時の右書類の存否を確認し難いことが認められる。これらの事実をあわせれば結局右仮登記財産差押通知書が深川信用組合に対し発送到達したとも、また逆に発送到達しなかったともいい難いのである。

4右所長が深川信用組合あて昭和四一年二月二日付第一石油の昭和四〇年度第二期分自動車税二五〇〇円の滞納金額の交付要求通知書を送付到達させたことは当事者間に争いがない。

5右の事実によれば、右所長は昭和四〇年一二月二八日付の前記通知書において一四〇〇万円以上存した第一石油の滞納金額を明示しないまゝこれを深川信用組合に送達した点において過失の責めを免れない。昭和四一年一月一三日付の前記通知書については前記のとおり送達しなかったとはいい難いところである。ところでその後原告が前記債権とともに本件土地につき抵当権等を取得し、その対価を支払うまで、右所長は仮登記財産差押通知書の送達等によって右過誤を是正する措置をとったとはいえない。

6〈証拠〉によれば、深川信用組合から上岡、二見石油株式会社、原告と順次右抵当権付債権が譲渡されるに当り、関係者間に本件土地の差押関係文書として、前記「担保権設定等財産の差押通知書」(甲第六号証の一)および二通の「交付要求通知書」(昭和四〇年一二月二八日付および昭和四一年二月二日付即ち甲第五号証と第六号証の二)が授受され、その結果原告は本件土地につき滞納処分として差押えがなされていることは知りつつも右抵当権等に優先する一四〇〇万円以上の滞納税額がその基本となっていることは知らず、滞納税額は自動車税五、〇〇〇円にすぎないと信じていたこと、もし原告がかような事情を知っておれば、右抵当権付債権を譲り受けなかったであろうことを認めることができる。

7これを要するに、右所長の前記過失と右交付要求書二通とが相まち、原告をして前記のように誤信させ、その結果原告は七二八万円を支払って、結局無価値な抵当権付債権を取得したのである。右所長の過失と原告の右損害とは相当因果関係ありといわざるを得ない。

六、過失相殺

よって右所長の属する被告はその損害を賠償しなければならない。

原告本人尋問の結果によれば、原告は約二〇年間税理士としてその業務に従事していることが認められ、したがって税務関係につき高度の知識経験を有するものであると推認できる。〈証拠〉によれば、原告は右抵当権付債権譲受に当り深川信用組合宛の前記「担保権設定等財産の差押通知書」を受領しながらそこに、差押財産として本件土地が明示されており、かつ滞納金額欄に「別紙のとおり」と記載してありながら、税務実務上この場合必ず添付さるべき滞納金額内訳書の添付を欠くこと、かつ右通知書とともに受領した前記交付要求通知書は右滞納金額内訳書とは性質を異にしこれに代りうべき文書でないことを知り、又は知り得べきであったのにこれに気づかず、原告自ら時価一、〇〇〇万円をこえると評価していた本件土地が右自動車税五、〇〇〇円の滞納のみにより差押えられたものと軽信し、右税務事務所又は第一石油につき真実の滞納金額をさらに調査することを怠ったことが認められる。ところで右甲第三号証および原告本人尋問の結果によれば、原告が二見石油株式会社から右抵当権付債権を買い受けるにあたり、本件土地の現状、代物弁済の経過、右所長からの前記担保権設定等財産の差押通知書、二通の交付要求通知書等の一切を調査了知の上これを買い受けたから本件土地差押により原告が被ることあるべき損害について、右会社に対しこれを請求しない旨の特約をしていることが認められるが、この事実によっても原告が滞納金額につき充分に調査を尽くしたとは認められない。

このような次第で原告にも過失があったといえるから、被告の賠償すべき金額の算定にあたりこの過失を斟酌することとし、その過失はその職業上の地位にかんがみ重視すべくその割合は約六割と認め被告の賠償額を二九〇万円と定めるのが相当である。

七、結論

よって原告の本訴請求は、金二九〇万円およびこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年三月一八日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沖野威 裁判官 大沼容之 松村雅司)

〈以下省略〉

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